スローな生活

2009年2月12日 (木)

黄砂

Kosa

 今日は妙に生暖かくて、しかも眼下の景色がかすんでいるなと思ったら、大陸から黄砂が飛んできたらしい。

 今シーズンは大陸でも異常な温暖化だそうで雪解けが早く、それでこの時期にもう黄砂がくるとテレビニュースが伝えていた。

 オーストラリアの異常高温や山火事など、地球規模で異常が起こっているようだ。
 なにか対策を打つべきなのだろうが、何をどうしたらいいのかだれも教えてくれない。

2009年2月 8日 (日)

ついにカノープスを発見

P1010062  昨日書いたばかりのカノープスだが、今夜はよく晴れていたのでチャンスとばかり、8時になると部屋の明かりを消して真っ暗にし、じっと南の空を見つめた。

 シリウスはキラキラと輝き、すぐに見つかった。その西北にはオリオン座の1等星リゲルも確認できる。
 大犬座の2等星以下の星もいくつか確認できて、そのあたりをしばらく双眼鏡で眺めていると、ついにそれらしき輝点を発見した。

 雲か霧が発生していて時々見えたり見えなかったするが、どうやら本物らしい。残念ながら肉眼では確認できず、また使っている双眼鏡はスポーツ観戦用なのであまり明るくはない。
 でも間違いなさそうである。

 ついにやった!!!

 今度は画像に残して証拠にしなければならない。
 だが困難はますます増し、もはや絶望的である。
 バカチョンデジカメしかないのである。
 それでも可能な限りの設定をして、手持ちながら奇跡を信じて何度もシャッターを押した。その中の1枚がこれである。ノイズ除去なども行わず、あえて無修正で載せた。この中からカノープスが写っているかどうか探していかなければならない。
 詳しい星座図すらないので難しいが、暇つぶしにはもってこいの作業かもしれない。

梅の花

Hospital  昨年末緊急入院して約8週間が過ぎた。
 この間病院から一歩も外に出たことがなかった。今日は日曜日でロビー周りにも誰もいず、少し歩いて見ることにした。

 何度も書いているようにここ甲南病院は六甲山の中腹にあり、眼下には東灘区や灘区が一望できる。またその向こうには神戸港や港内の人口島や、神戸空港も眺めることができる。

 病院の設立についてはまた書く機会があろうかと思うが、その外観はちょっとノスタルジックであり、華やかな神戸開港の香りがする。当時はすごくモダンな建物であったにちがいないし、私が神戸に移住してきた20年ほど前に訪ねた時、院内が赤い絨毯で敷き詰められていたのが印象的で今でも思い出す。(さすがに今はリフォームされている)

Ume  外に出てみた理由は実は他にある。

 数日前に看護師さんから、庭の梅の木に花が咲いているという話を聞いたからである。
 梅ノ木は玄関から少し坂を下ったところにあった。白梅である。冷たい風が強く吹いていたので残念ながら香りは楽しめなかったが、もう春なんだなと感じさせてくれた。

 玄関から梅の木まで数mだが、かなりな傾斜があった。それでも普通ならトントンといける行程なのに、今の自分には30度の斜面を滑る前のスキーヤーのような緊張感があり、足がなかなか前に進まなかった。自分を支える自信がないほどふらつくのである。

 治療によりどこまで回復できるか分からない。でも今までできたことがかなりできなくなってしまうかもしれない。外を歩くことも難しいかも知れない。

 でもまあいいか。幸い手のほうは指先の痺れくらいで力は入るので、車椅子なら使えるだろうし、こうしてパソコンも使える。
 今はとにかく抗がん剤治療を克服することだ。

2009年2月 7日 (土)

カノープスを探せ

 近頃の夜の楽しみがカノープス探査である。
 カノープスは大犬座のシリウスに次いで、全天で2番目に明るい星であるが、あまりにも南にあるために滅多に目にすることが出来ない。そのためカノープスを見たら幸せになれるという言い伝えがある程である。

 今の時期はそのカノープスを見る少ないチャンスである。
 1月後半から2月の前半にかけて、カノープスは夜空が暗くなるとともに東の空から昇り、8時から9時頃に南中してもっとも高くなる。しかしあまりに南に遠いため、最も高く昇っても双眼鏡の視野で1個半くらいで、大概そのあたりには雲や霧があって星を隠してしまう。

 幸いこの時期は気温が低く、夜は水蒸気が少なくて晴れていることが多い。雲さえなければカノープスはマイナス0.7等星なので肉眼でも充分明るく見ることができるが、双眼鏡があると探しやすい。

 20年前に神戸の海上都市に引っ越したとき、当時はまだ南に建物がなく、この時期になるとリビングのテーブルからカノープスを肉眼で見ることができた。本格的な天体望遠鏡を車に積み、夜毎星を眺めに出かけるホシミストであった私は、しばし至福のときを過ごしていたものである。
 今はマンション群に遮られて、高い空しか見ることができない。

 カノープスを見ると縁起がよく、寿命が延びるといわれている。今入院している病棟は南向きの山の中腹にあり、南方は何も遮るもののない絶好のロケーションである。何とかあやかりたいと、8時頃になると部屋の電気を消して暗くし、窓を開けて空を眺めているのだが、まだその幸運に出会っていない。

2009年2月 3日 (火)

節分

Oni  今日は季節を分ける節分であり、明日は立春で早や春だそうである。

 ひと月以上病棟から一歩も出ずにすごすと、暑いのだか寒いのだか分からなくなる。世の中の動きは、テレビやネットで一応分かるのだが・・・・

 夕食に節分の福豆とカードが付いていた。辛い闘病を続ける患者には、嬉しいプレゼントである。

2009年1月17日 (土)

震災から14年

 阪神淡路大震災から今日で14年目になる。
 今朝はなぜか5時過ぎから目が覚めた。外は真っ暗闇だった。当日、私は仕事で他県にいたので分からないが、被災した家族の話によるとあの日も暗闇の中で、いったい何が起こったのか、事態を把握するのがしばらくは困難だったそうだ。

 今の時間は被災地では地獄の様相だっただろう。震災のことを思うと必ず涙が浮かぶ。

 毎年この日には震災モニュメントに追悼に行くのだが、今年は入院中で行けそうにない。病室の窓から真下に見える東灘区はもっとも被害の激しかった街である。
 静かに手を合わせた。

2008年12月10日 (水)

モデムの故障

 先週の金曜日に突然ネットに接続できなくなった。
 サポートセンターに電話して調べてもらったら、モデムがクラッシュしているらしい。なるほどランプがなにも点いていない。
 すぐに交換を注文したが、あいにく土日を挟んでいるので発送が月曜日になり、機材が到着するのは火曜日か水曜日になるとのこと。電話も光電話を使っているので通じない。電話は各人携帯を持っているので支障はないが。

 そういうわけでホームページの更新やメールのチェックが数日間できなくなった。毎日チェックしているブログの閲覧もできなかった。
 体調がよくないので寝てばかりいるこの頃は、社会との接触はもっぱらネットに頼るようになった。これがちょっとした機械の故障ですべて遮断されてしまうシステムは心もとない。

 「便利」という価値は、同時に「脆さ」を含んでいる。

2008年11月18日 (火)

雲ヶ畑の紅葉

Rakuunso_01_2  京都の奥座敷、雲ヶ畑は紅葉の盛りを少し過ぎたころで、風が吹くと赤や黄の葉が吹雪のように舞い、雨に濡れた地面には赤い絨毯がひかれる。

 ここから近い高雄・嵐山は京都を代表する紅葉の名所であり、今の時期は鮮やかな紅に彩られる。観光客も大勢やってくる。
 それに比べて雲ヶ畑は緑や黄色や紅色が錦のごとく織り成し、紅葉のドームに入り込んだようだ。そして客は我々二人のみ。


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 部屋に差し込む光はすべて紅葉を通して来るため、灯りを消して暗くすると、部屋の中はオレンジ色の光に包まれる。


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 今年は松茸が不作でなかなか食べれなかったが、宿のご主人が苦労して手に入れてくれた。秋にはやっぱりこれがなくてはネ。

2008年11月12日 (水)

人工島の秋

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 すべてが人工の島六甲アイランドには天然の木は一本もない。それでも秋はちゃんと来る。
 久し振りの青空に、色付き始めた紅葉が映える。

2008年11月 1日 (土)

北野町散策

 神戸北野町を歩いたのは久し振りだ。
 観光シーズンの土曜日とあって賑わっていた。
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2008年10月30日 (木)

里の秋

Kaki_01  里山はすっかり秋色。
 今年はお米も柿も栗も豊作。


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 夏に蒔いた蕎麦が黒い実をつけている。友人などに手伝ってもらって約2aくらいの蕎麦を刈った。機械が使えず手刈りなので大変だが、人海作戦の威力はすごい。思ったよりずっと早く刈り取ることができた。
 しばらく天日に干して脱穀し、臼で粉に挽く。自家製の蕎麦粉を使い、手打ちで打った蕎麦は美味しいゾ!

2008年10月23日 (木)

須磨海浜水族園

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 今日は体調がいいのでどこかに出かけようと思ったが、小雨模様で天気はよくない。そこで須磨の水族園に行くことにした。それに最近近くにJRの新駅が開設されたので、電車で出かけた。

 シーズンなのか、館内は園児がいっぱい。嬌声を上げることもなく、みんなお行儀がいい。水槽内のお魚も一緒に「はぁ~い!1列に並んで!」

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2008年10月 8日 (水)

運動会

Nozomi_01  秋晴れの空の下、もう1つの幼稚園で運動会が開催された。こちらはお遊戯より競技中心で、間違いなく盛り上がる。最後はみんなで賑やかな踊り。

2008年10月 7日 (火)

祇園界隈

Takase_01  四条河原町から祇園辺りに向かう途中、高瀬川でコサギが一心に餌を狙っていた。夜はネオンが煌く界隈だが、意外と野生が活きている。


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 花街の隣にある禅寺、建仁寺の庫裡入口にフジバカマが飾ってあった。菊や紅葉で京都が賑わうにはまだ1月ほど待たねばならないが、秋はすでに近くに来ている。

2008年10月 4日 (土)

運動会

Uozaki_01  食育活動でお世話になっている魚崎の幼稚園で秋の運動会が催された。ちっちゃい子供たちが一生懸命に遊戯などを行っているのを見ていると楽しくなる。
 最近の運動会や学芸会(とは言わないが)は特別な競争や演技ではなく、普段の保育の様子を見てもらうのが趣旨だそうだ。でもやはり一番盛り上がっていたのは、1つだけあったリレー競争だった。

2008年10月 3日 (金)

薬師寺遠望

Yakusiji_02  8月の初めに薬師寺を訪れ、古の文化の香りに触れることができたが、1つやり残したことが気になっていた。
 それは夕陽に照らされた2つの塔が夕闇に浮かびあがる様子を眺めること。

 台風が南海上で消滅し、北から高気圧がせり出してきた今日が絶好の日と見て、まずは奈良市内で蕎麦を食べたり、解体修理中の唐招提寺を拝観したりして、陽が西に傾くのをまった。薬師寺の門を通り過ぎて大池といわれる池の南側からポイントを探した。
 春日山や若草山を背景にしたちょうど良い場所を見つけたが、ちょっと遠くて望遠レンズが欲しい。でも何とかがんばって写してみよう。

 陽はまだ高くそれから2時間あまりじっと待った。ようやく周りが薄暗くなった中に、赤い夕陽に照らされた塔が浮かびあがる瞬間を見ることができた。
 美しさに見とれながらカメラのシャッターを切っていたら、その瞬間はあっという間に過ぎ、狙っていた写真は数枚しか撮れなかった。


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暮れる前の大池。どこに塔があるか分かりますか?

2008年9月13日 (土)

小豆島

Shozu_01 瀬戸内海に浮かぶ香川県の小豆島に行った。目的は棚田百選の中山の棚田を見物すること。

 小豆島の特産品はオリーブと醤油と素麺。明治時代に日本でもオリーブを栽培しようと各地で栽培試験が実施されたが、温暖で日照時間の多い小豆島が最も適していた。

Shozu_02  当時の木が原木として保存されている。




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 道の駅にあるオリーブ公園は地中海のイメージで作られている。陽光あふれるこの地によく似合う。いろいろなオリーブの種類が植えられている展示園も勉強になる。

 でも、異常に立派なホールや温泉施設を見ると、何だコレッてなる。


Shozu_04 小豆島の中心部に中山という地区があり、懐かしい田園風景や農村文化が保存されている。これは中山農村歌舞伎舞台で、廻り舞台装置などもあり、非常に立派なものである。今も年に1回公演が催される層である。

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 舞台の裏には急峻な斜面に千枚田がいく層にも築かれている。写真は棚田の一番上にある湯船山の湧き水から棚田を見下ろした風景である。
 日本名水百選に選ばれた湧水は千枚田に用水として流れ、またここのお堂の境内には色々な巨木が何本も植わっている。

 千枚田については本編で紹介したい。

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 泊まったホテルの窓の下には潮が引くと沖の小島に向かって砂地が現れる。バージンロードと呼ばれ、恋人たちに人気だそうである。




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 島の東側に聳える岩山は寒霞渓などの観光地として有名である。特に秋の紅葉の頃は絶景だそうだ。
 車でも登れるが、渓谷美を堪能するためにロープウェイを利用し、しばし空中散歩を楽しんだ。

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 壷井栄の「二十四の瞳」のモデルとなったとされる岬の分校は廃校当時のまま保存されている。こんな場所の記憶はさすがに自分にはないが、なぜか懐かしい思いがこみ上げてくる。協調、希望、思いやり、・・・などの素朴な気持ちが思い出される。

Shozu_10  小豆島は昔から石材の島である。大阪城の石垣材などもここから切り出された。島の北側の北浦の道の駅には記念公園が設置され、石切の歴史や往時使用された道具などが展示されている。


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 見るべき所をすべて回っても、小さな島内には3日目にはもう行くべき所もなくなった。早々にフェリーに乗って対岸の日生に向かった。

 目的である中山の千枚田を堪能したので、今回の小旅行は満足である。食事が美味しければもっとよかったが。

2008年9月 5日 (金)

醒ヶ井の鱒塩焼き

Samegai_03  郡上八幡からの帰り、お昼をどこでしようかと考え、7月に行った醒ヶ井を思い出した。米原の1つ手前の駅で帰り道だし、青春18キップだと途中下車OKなのでちょうどいい。

 旧中山道沿いの地蔵川はますます透き通っており、小さくて真っ白な梅花藻が水中でゆらゆらと揺れていた。

Samegai_04

 古い町並みの中に旅籠屋の建物を利用した川魚料理店がある。
 前は鱒フライを食べたので、今日は鱒の塩焼きにした。注文してから生簀の魚をすくいに行くので時間がかかる。ビールを飲みながら料理ができるのをゆっくり待ったが、すごく立派な座敷で床の間には大きな花瓶や置物が飾ってあり、ガラス越しに見える日本庭園は造作がかなり凝っている。

Samegai_05  しばらくして出てきた料理は感激するほど美味しかった。
 鱒の塩焼きはもちろん、味噌汁や漬物までが美味しい。もちろんこの店の腕なのだろうが、出汁の引き方など地域性もあるのではないだろうか。

郡上八幡

奥美濃の郡上八幡に行った。
夏は一ヶ月以上にわたって郡上おどりが繰り広げられ、特にお盆の4日間は徹夜で踊られる。どんな町か歩いてみたくなった。

Gujyo_01 美濃太田まではJRの青春18キップで行き、そこからは長良川鉄道の1両列車で北上する。何度も鉄橋で交差する長良川が美しい。



Gujyo_02

 長良川の支流である吉田川に沿って、郡上八幡の市街地が広がっている。4万8千石の城下町としては予想以上に狭い。町の北東にそびえる城山に登り、足元に広がる町を眺める。
 ちなみにこの城は再建された城としては最古だそうだ。

職人町 城下には古い町並みがいたるところに残されている。現在の家並みは2度の大火の後に再建されたものであるが、狭い間口と深い奥行きのある建物、隣の家との間を仕切る土壁と軒先のうだつ、広い道幅と両脇の用水、など、機能的で統一された美しさがある。


橋本町

 辻の突き当りには必ずと言っていいほどお寺があり、それぞれがものすごく大きくて立派な建物である。防御面での戦略的な意味があったものと思われるが、それにしてもこの町の財力を偲ばせる。

本町  夕食後に下駄をカラコロいわせながら夜の町を散歩した。看板を照らす明かりと祭り用の提灯の光以外はほとんどなく、辺りは暗い。祭りのとき浴衣を着た男女が踊り明かす様子を想像しながら、薄暗い通りのそぞろ歩きを久し振りに楽しんだ。防犯上問題なければ、この方が風情があっていいもんだ。

新橋からのダイブいがわこみちの洗い場 郡上八幡のもう1つの特徴は水である。町の中心を流れる吉田川と、そこに流れ込むいくつかの支流、そしてそこから引かれた用水が道の両脇を音を立てて流れている。
 用水は飲料水や生活用水として日常使われる工夫がしてあるし、少し深いところではコイやイワナやヤマメがたくさん泳いでいる。

 吉田川に掛かる新橋の欄干から、子供たちが度胸試しに急な流れに飛び込んでいた。12mもあるそうで、さすがの地元の子供でもちょっと勇気がいるらしく、気合が入って飛び込むまでに数十分もかかる子もいた。

子駄良川にかかる赤い清水橋







Gujyo_09

 さて、水といえば魚であるし、長良川の支流吉田川といえばもちろん鮎である。

 天然鮎の塩焼きは魚の肉の甘さと塩の辛さと内臓の苦さがミックスされて絶妙の美味さである。
 写真手前は鮎の刺身である。あまり食べたことがないが、言われているように確かにスイカかキュウリのような香りがした。

2008年8月24日 (日)

雲が畑の松上げ

Matuage_01  8月24日は京都雲が畑の松上げの日。若狭のお水送りから愛宕山の献火行事に結びつく、この地域の各所に伝わる火のお祭りの1つと考えられている。各地のお祭りがだんだんショー化していった中、雲が畑の松上げだけが素朴な形式を保存している。



 毎年この日は雲が畑の料理旅館「洛雲荘」に泊まり、美味しい川床料理をいただいた後松上げ見物をする。今日のお泊りはいつもの賀茂川源流横の建物ではなく、道を挟んだ少し高いところの建物。

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 この二階家にたった3人の贅沢、縁側で川の音を聞きながら山を眺めていると心が静かになる。

Matuage_02  夕食は川床の上で京料理の懐石。いつも同じメニューだが次はあれだと楽しみになるくらいの美味しさ。

Matuage_03

 メインは鮎の塩焼き。

 松上げが始まる8時前には、近くのお寺に移動する。村の人が集まって正面の山で行われる松上げを見物する。われわれも一緒に入れてもらってその時を待つ。

Matuage_04 鉦の合図と同時に真っ黒なシルエットのみだった山の中央辺りに赤い火が点る。最初は横一線だった火が燃え盛る頃を見計らって立ち上がり、1字の漢字を現す。その字は毎年異なり、点火されるまで担当の者以外は誰も知らないそうである。

 しばらくすると、1点の火が文字から離れて下に向かって動き出す。点火した若者が火を松明に移し、その明かりのみを頼りに漆黒の山道を駆け下りてくる。

Matuage_05
 皆が待つお寺に下りて来た若者は松明をばらして焚き火を燃やす。次々と駆け下りてきた松明で、やがて大きくなった火でスルメを焼き、お神酒とともに集まった村人とギャラリーに配られる。


 花背や広河原などで行われ年々有名になる松上げに比べて、規模も派手さも敵わないが、素朴さのなかにもドラマ性も備わっていて、何より村人の願いが直接伝わってくる良さがある。

 今年はたまたま日曜日だったせいもあるのか、地域外の見物客が多かったようだ。
 観光化されても困るが、住民を中心に少しずつ賑やかになっていって欲しい。



雲が畑松上げのホームページ  残念ながら最近は更新されていません。

2008年8月18日 (月)

鞆の浦

Tomo_02  青春18キップで福山まで行き、そこからバスで鞆の浦に行った。 鞆の浦は北前船などの西回り航路の船の重要な寄港地として栄え、当時の面影を残した町並みが保存されている。



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 港を囲う階段状の石段は雁木と称される荷揚げ用の港湾施設で、潮の干満に関わらず作業ができるように工夫されている。建設した人の名として下蒲刈島の三ノ瀬と同様福島正則が登場するのが可笑しかった。きっと秀吉か家康に命令されて渋々資金を出したに違いない。

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 福禅寺の対潮楼は朝鮮通信使の迎賓館として使用され、通信使が客殿からの眺望を「日東第一形勝」と称賛し書を残し、この座敷を「対潮楼」と名付けた。外交辞令には違いないが、窓を開け放した時の景色は確かに美しい。
 住職の弟さんが説明してくれたが、子供の頃ここで昼寝をすると潮風がすごく気持ちよかったそうだ。周りのホテルや二階建ての民家の上のテレビアンテナもなく、すぐ足元まで海で、釣竿をかついですぐに魚釣りに行けたそうだ。

 今この鞆の浦で、道路の渋滞を緩和させるために港の一部を埋め立てたり橋を架けたりする計画を巡って、住民生活の利便か歴史的景観の保全かという論争がおきている。難しい問題ですぐに結論は出ないだろうが、じっくり論議して欲しい。そして人にとって幸せとはなにかということを示して欲しい。

2008年8月15日 (金)

墓参り

Nisiotani_01  盂蘭盆の今日、京都五条の西大谷本廟にあるお墓にお参りした。
 まるでサウナのような猛暑の中、京都は観光客であふれていた。けっこう皆なタフだな。お盆なので西大谷もさすがにお参りの人が多い。

 京都にはなにもゆかりはないが、安芸門徒の縁でお西さんの墓地にお墓をおかしてもらっている。墓地といっても地下の戸棚みたいなもんだが。

Yuzuya_01  四条の祇園にある八坂神社の門下に古い旅館がある。企業が提携(?)して新しい経営を行っているが、レストランでは京のおばんざいとおくどさんで炊いたご飯を食べさせる。

 冷房の効いた席でゆっくりビールを飲みながら柚子湯葉とろろ膳をいただいた。

Yuzuya_02

2008年8月 6日 (水)

越前福井

 越前福井の永平寺に行った。急ぐ旅ではないので、青春18きっぷを使った。芦屋から敦賀まで直通の新快速を利用すれば雷鳥より便利かもしれない。
 まずは九頭竜線で越前大野へ。大野は蕎麦が美味しい山間の城下町で、2~3時間で街中が歩いて回れる大きさがとてもいい。

Ono_01  霊峰白山の伏流水が町のあちこちから湧き出し、夏でも10数度の冷たい水が豊富に流れている。御清水(おしょうず)は殿様の御用水で名水百選にも選ばれた。子供たちも冷たい水に手を浸して一休み。

Ono_02        




市街南部の本願清水は天然記念物のイトヨの数少ない生息地で、その名も糸魚町(いとよちょう)にある。側にはイトヨに関することを展示した「イトヨの里」が建設されているが、残念ながら月曜日は休館だった。

Ono_03
 大野は地元産の蕎麦粉と名水を活かした蕎麦が美味しい。大野を訪れた目的は実はこれである。おろし大根と削り節をかけた越前おろし蕎麦が有名。蕎麦の旨みを引き出した一番美味しい食べ方かもしれない。

Eiheiji_01  翌日は曹洞宗大本山永平寺に行った。
 かつて福井県の営業をやっていた頃門前まで何回か行ったことはあるが、境内に入るのは初めてだ。






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 ここは禅の道場で、雲水が黙々と修業に励んでいる。建物は荘厳だが華美な装飾もなく、時の権力を連想させる文化財も少ない。


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七堂伽藍の一番奥まったところにある法堂(はっとう)内部。禅師様の説法などが行われるお堂で、ご本尊は聖観世音菩薩。
 天井から下がる飾りは黄金に満ち、意外なきらびやかさを示していた。

2008年8月 1日 (金)

薬師寺東塔

Yakusiji_01  何年振りかで西の京の薬師寺に行った。
 昔に比べて金堂や大講堂が再建されて賑やかになっている。
しかし凍れる音楽と評された東塔はその端正な姿を保っていた。


 有名な寺社は何度も戦火や落雷による火災で焼け、そのたびに再興されてきた。それだけ宗教的あるいは政治的な意味があったのだろうが、現在に古い社寺を再興する意味はなんだろう。

2008年7月11日 (金)

ブログ移転のお知らせ

こちらのブログは、下記のURLに移転いたしました。

http://tetu.blog.eonet.jp/

2008年6月20日 (金)

室内用ガラス温室要りませんか?

ラン栽培用の室内用ガラス温室をやむなく廃棄することにしました。しかしまだ十分使用できます。ご入り用の方はメールでご連絡下さい。
7月末までにご連絡のあった方の中から、もっとも条件に合った方を1名選ばせていただきます。

84cm(巾)x45cm(奥行)x150cm(高さ)
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前後と両横の上部はガラス扉
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神戸市六甲アイランドの自宅まで取りにこられる方にタダで差し上げます。

メールアドレス
tanaka_t@zeus.eonet.ne.jp
氏名
住所
電話番号
メールアドレス
年令
を明記して下さい。

2008年6月17日 (火)

永沢寺花しょうぶ園

Rpw8eouk  梅雨の晴れ間で爽やかな天気、外でお弁当を食べようとおにぎりを持って出かけた。

Qrn5n_t8  三田市の山の中の永沢寺の前に大きな花しょうぶ園があり、この時期毎年出かけている。まだ5分咲きくらいで満開にはちょっと早いが、おかげで人も少なくのんびりと過ごせた。


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2008年5月30日 (金)

気比の松原

Zmavmpc7  新快速で敦賀へ。駅前の寿司屋でビールを一杯やった後、気比の松原までブラブラと街歩きを楽しんだ。町外れにはどことなく江戸時代までは日本一の商業都市であった面影が残っている。

Efpacq3z  気比の松原は日本三大松原の1つで、きれいに管理されている。今日の日本海は穏やかだった。
 再び駅前に戻り、地魚料理なるものを食べた。
 美味しいのだが、地魚とはなんぞや?と思った。
 魚は明石でいいかな!

2008年4月 6日 (日)

マスターズスイミング

Ougfixsr  咳がひどくほとんど食べられないという最悪の状態だが、大会に参加できるのはこれが最後かも知れないと思い、1週間は練習もせずひたすら寝て休んでその時に備えた。
 タイムは二の次だが、意外と調子よく泳ぐことができた。でもさすがに打ち上げは途中でしんどくなって途中で抜けた。
 とにかく思い切り泳ぐことができてよかった。

2008年4月 3日 (木)

夙川の桜

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 阪神間でも桜がいっせいに開花した。西宮の夙川にぶらりと行ってみた。
 ほぼ満開に近い状況で見物客が大勢散策していた。ほとんどが染井吉野で薄いピンク色がパッと同時に咲く。

2008年3月29日 (土)

奈良町散策

Ymbd2rep  桜にはまだ少し早いと思ったが奈良を歩いてみた。
 まず腹ごしらえに昼酒をチビチビやりながら蕎麦を食っていたら、3時を過ぎてしまったので、駅から近い奈良町界隈だけにした。本当は時間の問題ではなく、単にしんどくなっただけだけど。

Pbi_e1qz  桜はチラホラだった。1分から3分咲きだが、場所によっては満開に近い木もあった。
 来週くらいが見ごろかな?

2008年3月21日 (金)

淡路島のフグ

Ottbidhb  お彼岸の休日に娘たちと淡路島にフグを食べに行った。明石海峡大橋のすぐ近くの会社の保養所なので、設備に余裕があるうえに安い。


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 大きな白子も入り豪華な鍋をお腹いっぱいいただいた。てっさや皮の湯引きも新鮮で量もたっぷり。


Tfzwn78x  久し振りで淡路島内を走ったが相変わらず見るとこないなぁ。海もあり山もあるのになぜか魅力的に思えない。釣りや土いじりが好きで田舎暮らしをしたい人には良い所かもしれないが、大勢の観光客を集める体制にはなってないのではないか。

2008年3月 7日 (金)

食育活動

 東灘区の2つの幼稚園で食育活動のお手伝いをさせてもらった。
 それぞれ70数人の年少さんにジャガイモの種芋を植えてもらった。入園して1年がたち、ずいぶんハキハキと自分を表現できるようになった。教育の重要性を改めて痛感する。
 6月の収穫が楽しみだ。どうか良い天候に恵まれますように。
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2008年3月 2日 (日)

奥琵琶湖の鴨鍋

Eg3iomyv  琵琶湖の一番奥にある菅浦という集落に鴨を食べに行った。最近雪が多くて北近畿では1m近い積雪が報道されていたので躊躇していた。しかし冬期限定で2月末までなので、雪が解けることを祈って思い切って出かけた。

Iyes1krs  幸い雪は思ったより少なく、轍を辿りつつ無事に宿にたどり着くことができた。夜半まで降り続いていた雪も春の淡雪のごとく消えていった。

Fjm3yqcz  合鴨ならスーパーでも売っているが、ここの鴨はマガモを飼育したものらしい。肉は締まっていて一見砂肝のようで、味はさっぱりしている。つくねには骨も叩き込んであり、シャリシャリする。人によって好みもあるだろうが、野生的な香りのする鍋である。
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2008年2月11日 (月)

星野道夫展

Rf2efsss  神戸大丸で開催されている展覧会に行ってみた。わりと地味な作者かと思っていたら大間違いで、隙間のないほど人でいっぱいだった。認識不足ですみませんでした。

 1年の半分をテントをかついで北極圏をさまよい、ついにカムチャッカ半島でヒグマに襲われて事故死した作者の写真は、普通では撮れない美しい情景を見せてくれる。大好きな北極圏に行くためにカメラマンになったというくらいだから、シロクマやアシカの表情にも撮る側撮られる側の愛情が溢れている。

 ただ、かわいいだけきれいなだけという印象も拭えない。厳しい自然で生きる動植物には想像もつかないような生態があると思うのだが、ホォーと驚くようなショットは少なかった。

 膨大な数のパネルだが飽きさせない。一見の価値はある。
                    画像は入場券

2008年2月 8日 (金)

春節祭

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 中華街は旧暦のお正月である春節祭で賑わっている。毒入り餃子事件で客足が遠のいているかと心配したが、あまり影響はなさそうだった。
 連休中は獅子舞はじめ、いっぱいイベントが予定されている。でもあまり混むのもいやなので、あえて金曜日に来てみたら広場でこじんまりと仮装劇のようなことをやっていた。

2008年1月23日 (水)

下鴨神社

Bo9a1ax2  賀茂川に沿ってぶらぶら歩いた。賀茂川と高野川に分かれる辺りで大きな森に突き当たり、その森の中に下鴨神社が鎮座する。




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 学生の時、葵祭りのバイトで昔の装束で行列に加わり、途中下鴨神社で鷺踊りや流鏑馬を奉納している間休憩していたことが懐かしく思い出された。

  下鴨神社公式ホームページ

2008年1月18日 (金)

幼稚園で餅つき

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 食育活動でお世話になっている東灘区の幼稚園で餅つきを行った。4〜5才の園児が150人くらいと、大勢のお父さんお母さんが参加した。若い父兄は餅つきをやった経験がなく、セイロの扱いや蒸し具合や返しが分からず、最初は戸惑っていた。でも次第に慣れてきて、園児一人ひとりに搗かせてあげられるほど手際よくなった。

2008年1月17日 (木)

震災記念日

W7jdyhbp  地面が揺れてたくさん人が死んで、あれから13年だ。いろんな事があったが、あっという間だったような気もする。

 いつもこの日は霙交じりの冷たい日が多い。でも今日は風が冷たいもののよく晴れた気持ちの良い天気だった。早朝から追悼の集いがあったようだが、ついた時間は人もまばらで、テレビカメラだけがやけに目立った。

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 東遊園地の追悼会場を一回りした後、元町まで歩いてみた。当時のものすごい瓦礫の山が思い出されたが、今はおしゃれな街に復興している。あの破壊振りを見たとき、神戸からは人がいなくなり街が元に戻るには10年くらいはかかるのではないかと本気で心配した。しかし現実にはものすごいスピードで復興している。そのエネルギーは驚くばかりだが、新聞によるとものすごい借金が未返済で残っているらしい。どうなんだろう、もう少しじっくり街づくりに時間をかけてもよかったような、とにかく早く元にもどしたのがよかったような・・・・

2008年1月10日 (木)

敦賀

 JRの新快速に乗って終点の敦賀に降りた時は、冬の陽はすでに大きく西に傾いていた。駅前でビールを飲みながら越前そばを食べて、街をブラブラ歩いた。道路幅は広く商店も多くて大きな街だが、人影は少ない。アーケード街の商店にはほとんど客の姿はなく、店員の姿さえまばらだ。でも10年ほど前に営業で時々来ていた頃からこんな感じだった。少なくとも10年はこれで成り立っているのだからたいしたものだ。きっと夜はそれなりに賑やかになるに違いない。

Rv95z1v0  駅から10数分歩くと気比神宮の大鳥居が見えてくる。春日大社、厳島神社と並ぶ、日本三大木造鳥居の1つだそうだ。



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 由緒を読んでみると702年の建立で、官幣大社越前一ノ宮で、古事記などにも記述のある古い神社である。今は静かな街であるが、敦賀は古代から明治まで物流の一大拠点であったことが偲ばれる。

Ixbooor8  昔はさぞ賑わったであろう港に行くと、ほとんど船の姿は見えなかった。新しい岸壁を建設中の看板が立っていたが、いつ完成するのか分からないような表示だった。やや北には小樽に行く日本海フェリーが着岸する新敦賀港がある。
 小さな波止場に繋留されているのは警察の船と海上保安庁の警備艇だけで、北の守りとしては重要な拠点であることを改めて思い出させた。

 さて、日も暮れてきた。そろそろ料理屋も開店する時間だ。繁華街のほうに帰ろう。

2008年1月 1日 (火)

元旦

Qf_s4ugv  明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 穏やかなよい天気に恵まれたお正月でした。
 今年の夏には60才の誕生日を迎えます。年賀が明けるとすぐに年末に撮影したCT検査の診断があり、場合によってはまた抗がん剤治療が始まります。どんな年になるでしょう。

 昨年田んぼで作った紫米で注連縄を作りました。雑ではありますが手作りの喜びがあります。今年も自分の生活は自分で作る手作りを、できるだけ目指したいと思います。

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 初詣は住吉神社にお参りしました。

2007年12月 9日 (日)

瀬戸内島旅

Xn_ydry8  冬でも暖かい瀬戸内の島を旅してみたかった。子供の頃の郷愁もある。
 広島県竹原市の忠海港から船に乗って大久野島に渡った。たった十数分の船旅である。大久野島は戦時中軍により毒ガスが製造され、戦後もその処理で長い間立ち入りが禁止されていた。今は国民休暇村が設置され憩いの島となっている。島内は一般の車は走行できず、放し飼いのウサギがのんびり遊んでいる。夏は海水浴やキャンプで賑わうのだろうが、今は少数の年寄りがブラブラしているだけだ。

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瀬戸内の魚と有機野菜のバイキングが食べられると期待して行ったが、料金的にもまああんなものだなというレベルであった。

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 帰りはフェリーで海を渡った。一般車禁止なのにフェリーがこの島に寄港する理由が分からない。
でもそんなの関係ない!(か?)


Vqf_tb4c  次の日は大崎下島の御手洗に行く予定だったのだが、船の便が少なくて十分時間が取れそうもないのであきらめ、橋の架かっている蒲刈島に渡った。これらの島には昔の貿易船や北前船が寄港した港町がある。西国大名の参勤交代にも船が使われた。従って以前はものすごく高い文化と商業活動がここにはあったが、今は行くにも不便な所になっている。写真は下蒲刈島の三ノ瀬で、朝鮮通信使も立ち寄り竹原出身の頼山陽も駆けつけて学問や文化を学んだという。
 蒲刈島の西隣の倉橋島に鹿老渡という入り江があり、ここも大型船の風待ち潮待ち港として栄え、多くの遊女がいて賑やかだったそうである。これらはまさに私が生まれ育った呉市阿賀町の目の前の海で展開されていたことになる。坂本龍馬や西郷隆盛だって何度も行きかったことだろう。でも小中学校で教わった記憶がなく、つい最近までちゃんと認識していなかった。受験問題にはでないからだろうけど、郷土の歴史はちゃんと教えておいて欲しかった。

2007年11月30日 (金)

鞍馬山の紅葉

E_u7dylo  洛北の紅葉は盛りを少し過ぎているようだが、それでも見ごたえは十分で観光客も多かったようだ。しかし午後3時を過ぎると少し静かになる。

 いつ来ても、本殿に祀られた尊天にお参りするとすがすがしい。

Sih5ffxs  駅前の大天狗の顔も、今日は一段と赤い。

2007年11月28日 (水)

帆船

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 神戸港に世界一大きな帆船である日本丸と海王丸の2隻が入港している。全部の帆を張って見せたり、出航時には乗込みの訓練生たちがマストに登って見送りの人に敬礼する登しょう礼が行われたりして港に花を添える。

 神戸港に入港している時にはなるべく見に行くようにしている。船はどれも好きだが、帆船は特に美しい。これで帆をいっぱいに張って海原を進むと、さぞ気持ちいいことだろう。

再度山の紅葉

Nqdlbwj7  昨日六甲山をドライブして、紅葉がとてもきれいだった。昨日は夕方近かったので、朝の光のなかではどうだろうと今日もまた同じ道を巡ってみた。でもあいにくの曇天で景色はあまり変わりなかった。
 昨日一番印象深かった再度山で公園に寄り道してみた。ベストシーズンとあって公園内にはたくさんのハイカーがお弁当を広げていた。やはり中高年が多いが、今どきの中高年は元気がいい。


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 六甲山には登山道が縦横に巡っていて、うっかりすると山中で迷子になりそうになる。中には本格的な登山道もありいろいろ楽しめるが、大汗かいて登った上に観光地があり、スピーカーから演歌が流れていたり車が渋滞していたりして戸惑うことがある。
 再度山ドライブウェイ横の細い登山道から眺めると、紅く染まった谷のすぐ下に神戸のビル群が見える。
 日本一おしゃれな街角からたった30分で紅葉の中に浸れる神戸という街は、すごく楽しい町である。

2007年11月27日 (火)

六甲山の紅葉

H1dy_ozj  急に冷えてきて六甲山が紅い。天気はイマイチだったが、森林植物園を目指してドライブウェイを登った。

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 六甲山は今が紅葉真っ盛り、植物園内では長谷池の下辺りが一番赤かった。

2007年11月23日 (金)

興福寺秘仏公開

Jzzeaio_  興福寺本坊の大圓堂の本尊である聖観音菩薩立像は、本来は厨子の扉は閉められていわゆる秘仏であるが、現在特別公開されている。鎌倉時代の作と伝えられており、秘仏であるため形はもちろん色彩も非常に良い状態で保存されている。鎌倉時代の作との解説だが、平安時代の阿弥陀仏などに面影が似ているような気がする。





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 同時開催されている国宝館の乾漆八部衆像も久し振りで拝観した。天平6年に創建された西金堂に安置されていたそうだが、むしろこちらの方が相当にリアルな表情である。
 十代のころ見た阿修羅像の三面は、怒り、悲しみ。不安を表しているように見え、見つめたきり暫し離れることができなかった。しかし今日見るとあきれるほど穏やかで、まるで気が抜けたような顔に見えた。自分の気が抜けてしまったからだろうか。
(画像はいずれもパンフレットから)
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2007年11月15日 (木)

蕎麦街道

Fndwrldw  新蕎麦が出る時期である。紅葉も進んでいるであろう。ということで木曽や美濃にでかけた。
 まず木曽の開田高原でザルソバを食べた後温泉に入り、次は奈川村のとうじ蕎麦を目指して平湯峠を越えた。阿房トンネル手前の道路から見上げる山は穂高連峰で、ピークは槍ヶ岳であろうか。
 関西ではまだ温かくて紅葉が色づかないといわれているのに、さすがに山岳地帯ではすでに雪が積もり、道路は除雪されているが周囲には積雪が20センチくらいもあった。道路の傾斜も急で危険を感じたので、とうじ蕎麦はあきらめた。

3k3yb39j  高山市街を通過し荘川に行った。ここの手打ち蕎麦も美味しいが、目指したちょっと面白い店は臨時休業で残念だった。
 白鳥で温泉に入り、岐阜を経由して神戸に帰った。福井の大野や今庄の越前蕎麦も食べに行きたかったのだが、今回はなぜかトントンとスムースに行かないので省略した。



 久し振りで中部地方を走ったが、驚いたことが2つある。1つは市町村の合併が極端に進んで地域の認識が難しくなり、他府県の者には今自分がどこにいるのが分かり難くなっている。もう1つは高速道路の整備がものすごく進んでいることである。もともと高い山に阻まれて道路のつながりが悪い地域であったのが、トンネルや見上げるような高架を作って無理やり道を通している。中部地方だけは元気だと聞いていたが、こんなところにもそれが現れている。それにしてもあのバベルの塔のような道路は安全なのだろうか?

2007年11月 9日 (金)

京都水辺散歩

Axomuckc  厳しい冷え込みはまだなく、紅葉にはまだ早そうだ。でも様子を見に行くにはやはり京都を置いて他にない。

 まずは嵐山に行った。天気がよくポカポカ陽気で、あと一ヶ月くらいはかかりそう。観光客もまばらで、見るなら今のうちかも知れない。

Vmljkz1y  寺町で食事をし、八坂神社にお参りしたあと、岡崎までぶらついた。勧業会館前の疎水周りの木は色づき始め、東山の緑をバックにきれいなコントラストを見せていた。カモも気持ち良さそうに羽を伸ばしていた。

_1ijzcr3  白川に沿って祇園界隈を四条まで引き返した。営業前のちょっとホッとする時間帯で、白いお化粧をした芸子さんに突然街角で出会ったりして、一番京都らしい界隈かもしれない。

2007年11月 4日 (日)

インカ・マヤ・アステカ展

Kdjs7tur  神戸市立博物館で開催中のインカ・マヤ展を見た。
 かつてインカ文化に興味を持ち、何冊かの本を読んだ。エジプトやインダス文明などと違い、近代に近い時期に現代の中心文明とは離れた地域で栄え、突然消えた(消された)文明における人々の生き方に不思議さを感じたのだが、あまりにも完全に破壊され、その後顧みられることが少なかったため分からない部分が多すぎる。その後の調査研究で解明されたことだろうと期待したのだが、実際はマチュピチュの石積み壁やマヤのピラミッドの写真や、発掘されたヒスイの仮面やミイラが展示されているだけで、人々の生活ぶりや考え方についての解明はまだまだ謎のままだった。


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2007年10月26日 (金)

余呉湖の熟鮓

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 琵琶湖の北に静かに広がる余呉湖の畔にある徳山鮓は、本格的な熟鮓を自ら漬ける店として好きな人には知られている。食べるのなら日本酒を飲みながらと思い、泊まりで行った。
 鮒鮓は丁寧に作られておりまるで美術品のようだ。食べて旨いことは言うまでもない。熟鮓のほかにも天然の鰻や山椒などは自ら山に入って採ってくるそうだ。まさにスローフードの権化のようだ。
 残念ながら時期的に鮒以外の熟鮓はまだ漬けあがっていなかった。雪の積もる頃に行くといいのだろう。

 その他の料理は「最後の晩餐」で。

2007年10月24日 (水)

大原寂光院

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 紅葉にはまだ早いので三千院には寄らず、数十年ぶりで寂光院に行った。建礼門院が壇ノ浦合戦後安徳天皇と平家一門の菩提を弔った尼寺である。
 2000年の火災(放火が疑われている)で全焼したが、現在は古式とおりに復元されている。
 本堂前の姫小松は平家物語の大原行幸に登場する樹齢千年の松であるが、火災時に痛みついに2004年に枯死した。

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 大原から朽木街道を通って北近江に行った。ここは観音の里といわれるほど古い観音をおまつりした寺やお堂が多い。中でも一番好きなお堂が石道寺だ。何百年もお守りしてきた地元の方とおしゃべりしながら観音様の前で過ごす時間は他では味わえない穏やかな時間である。

2007年10月23日 (火)

松茸

Matutake_02   稲刈りが無事終わり、慰労を兼ねて雲が畑に松茸を食べに行くのが恒例になってきた。モミジにはまだ少し早いが、枝の先が少し色づきかけている。

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 今年の西日本はマツタケが不作で、残念ながら地元産は食べられなかったが、近くから仕入れてもらったマツタケを焼いたり鳥のスキヤキに入れて堪能した。

2007年10月10日 (水)

車折神社

Ckokouzj  京都嵐山の車折神社近くの蕎麦屋で昼酒と蕎麦をいただいた後、神社内を散策した。境内は薄暗いくらい茂った森と色鮮やかな赤い垣根で、平安時代から続く不思議な雰囲気を醸し出している。
 しかし一歩外に出ると現世の暮らしが押し寄せている。現代は電気や電話はもちろんWEBなどが各戸に接続され、座ったままで世界とつながる便利な世の中になった。それを可能にするインフラがこれ。
 美しいか?