2009年4月18日 (土)

お薬

Kusuri  毎日飲む薬が半端じゃない。もちろんタダではないので、かかるお金も抗がん剤以外でも3万円(3割負担で)を越える。

 これは朝に飲む薬で、朝夕2回だの、朝昼夕3回の薬のあるし、症状に合せて飲む薬もある。
 内容はほとんどが副作用の吐き気止めや胃腸障害の抑制剤で、これでかなり助かっているような気もする。

 それにしても多いなぁ。病院も商売だから稼がなきゃ診療が続けられないのはよく分かるし、少しでも病状が軽減されるのはありがたい。でも薬の他に検査のあり方なども含めて、保険行政の問題まで考えなきゃならないような気がする。

2009年4月14日 (火)

外来化学療法3回目

 朝から出かけて血液検査をし、問題なければ昼前から3~4時間かけて抗がん剤を点滴投与する。今日は前回より少し薬量を上げてあった。
 特に問題はなかったが、お昼にお腹が空いたのでサンドイッチを食べたら吐いてしまった。昼前に飲んだ併用している薬の影響だと思う。前日には必ずと言っていいほどでる副作用で、今日はでないはずなので油断していた。

Sakura_02  病院の周りの桜は葉桜になり、おまけに今日の雨でほとんど散っていた。ただわずかにある八重の里桜は今が満開であった。





Sakura_01_2

 今年の桜はこれだけであったが、見れたということで満足しよう。

 来年はどうなのかわからないので。

Sakura_03

2009年4月 2日 (木)

外来化学療法

 退院後初めてのお出かけとなった。
 足元はフラフラでとても公共交通は利用できないのでタクシーを使ったが、自宅から遠くなくてよかった。

 血液検査後すぐに抗がん剤の投与が始まり、思ったより短い時間でトラブルもなく完了した。

 退院時にはまだ固かった桜のつぼみは3分咲きくらいだがきれいに咲いていた。甲南病院の周りには大きな桜の木がたくさん植わっていて、満開になればそれはきれいだと看護師さんがいっていた。でも残念ながら今日はまだそこまではいってなかった。

 桜を見ると何故か生涯のことを考えてしまう。「あの頃はあそこの桜を見に行ったな」とか、「あの桜を見た時は楽しい時期だったな」とか、「これが最後の桜かな」とか・・・・・・・・

 今年の桜は、マジで見れないかも知れないと思っていた。
 しかし3分咲きではあるがどうにか見ることができ、感慨深いものがある。
 これは是非とも記録に残しておかなければならない。
 そんな大事な場面なのに、いつもかばんに入れておいたカメラがない。忘れてきたのだ。

 それほど化学療法に集中していたと考えておこう。うっかりしていたわけではない。
 というわけで大事な桜の写真はない。

2009年3月27日 (金)

在宅1週間

 退院して1週間になる。
 家で食べたいものを食べれば元気になるかと思っていたが、甘かった。

 吐き気が激しく、お粥以外ほとんど喉を通らず、それもすぐに気持ち悪くなる。体重は抗がん剤5回目以降は回復する暇がなく、今では50kgになってしまった。
 風呂に入るとき自分の裸を見ると、自分とは信じられないくらい骨と皮だけになっている。

 これから2週間おきに外来での抗がん剤治療を続ける予定だが、はたして耐えられるのか心配だ。でもここまできて今更引き下がるわけにはいかない。

 がんばろうっと!

2009年3月20日 (金)

退院

 今日、退院する。
 まだ十分に回復しているわけではないが、在宅で最小限の生活はできそうなので、予定通りの進行である。

 抗がん剤を使った化学療法を2週間おきに6回繰り返した。ここの病院の治療は、使用する薬剤の量や投与の間隔が標準治療法に比べてかなりきつい。副作用も強く出て、5,6回目は食事もほとんどとれず、意識がぼんやりしてほとんど覚えていない時期もあった。
 入院時60kgあった体重は、今は53kg台に落ち、まるで飢饉図のような姿になってしまった。あのメタボ君がすっかり様変わりだ。

 最終的な画像診断結果も含めて、主治医と化学療法担当ドクターのお二人から総括をきいた。
 ガンがどれだけ抑えられたかはPET検査をしてその活動を確認しないと断定できない。しかし今は薬剤によって骨の代謝が活性化しているにで、2ヶ月くらいしないとPETはできない。
 今の段階でいえることは、急激な進行はとまっているということだ。後のことは経過を見ないと分からない。

 今後は2週間おきの外来で化学療法を継続する。すでにこの月曜日に1回目の外来メニューでの投与を行っており、今日あたりが副作用が一番きつい。吐き気がするし、足はフラフラする。家中に手すりを設置するなど急いで住宅改修をして、在宅での生活に備えなければならない。

 なんとかして頑張ろう。

2009年3月16日 (月)

月の明かり

Moon  昨夜夜中にふと目を覚ますと、部屋の中が明るい。

 窓の外に灯りがある・・・・・

 見ると満月を少し過ぎた月が夜空にペタッと張り付いていた。

 きれいな夜景に感激してから3ヶ月が過ぎた。今週末には退院できそう。

 退院して何しよう。何のために闘病し、何のために生きたのか・・・・・・
 ここに至って分からなくなってきた。

2009年3月13日 (金)

画像による効果判定

Ct0313  12週間にわたる抗がん剤治療が終わりに近づいている。効果をCTおよびMRIで確認し、来週からは外来での治療に移行する。

 まず一昨日は頭部のMRIを撮像し、脳への転移を調べた。結果は「認められず」。よかった。
 脳と肝臓への転移はやっかいで、なんとしても避けたい。

 今日は胸部のCTを造影剤入りで撮像した。写真の丸の中に入ってx線で輪切りの画像を何枚も撮影し、コンピューターで再構築して診断する。
 結果が楽しみである。

 今日は整形外科の診察も受けた。
 入院後杖がないと歩けないほどふらつくのだが、その原因としてガンの骨転移による脊髄の圧迫を一番心配していた。今日の整形外科医の診断では、原因ははっきりとは断定できないが脊髄圧迫の影響は少なくて、リハビリテーションでかなり回復する可能性が高いという嬉しいものだった。

 リハビリのメニューを組んでもらってそれをがんばれば、退院後の生活はかなり元に戻すことができるかもしれない。

2009年3月10日 (火)

花を嗅ぐ

Kyoryu_2
 毎日が同じことの繰り返しだし、決して楽で楽しいことではないし、なにか退屈しのぎの手遊びがいる。

 おまけに抗がん剤の副作用で手先が痺れ、うまく力が入らない。

 そこで考え付いたのがペーパークラフト。webからダウンロードした原稿をメールで家に転送し、プリントアウトして持ってきてもらう。細かく切って糊付けするとごらんの通り。

紙の恐竜骨格もつい花の香りを嗅ぎたくなる。世間ではもうすぐ春である。

抗がん剤投与6回

 予定の抗がん剤投与の最後の回数を行って1週間が過ぎた。

 前回に比べて投与量は少ないので、やや軽いとはいえやはりしんどい。朝のうちはまだ調子がよく食べたりできているのだが、昼間はほとんど寝たきりで、気を失っているといってもよいくらいだ。
 でもこれからは徐々に回復していくものと期待している。

 明日からはCTやMRIの造影剤を使った精密な画像診断で治療の結果を診断し、退院して在宅での外来治療に移行する。すっきりとガンが解消したわけではない。
 ガンによる脊髄圧迫や抗がん剤副作用の後遺症や長期の入院で弱った筋肉の影響で、歩くのさえままならない。退院にそなえて住宅改修や介護認定などの準備をしなければならない。

 ますます大変になるが、生きていればのこと。感謝しつつ、決してあきらめてはならないと改めて思う。

2009年2月28日 (土)

抗がん剤投与5回

 6回の予定のうち、5回をクリアした。
 これまでは投与5~6日目を底に副作用で衰弱し、その後の1週間でどうにか回復するというサイクルを繰り返していた。その間、白血球の増減やそれに伴った感染症などが起こるが、それぞれ適切な薬剤の投与やその他の処置で事なきを得てきた。

 しかしやはり少しずつダメージは蓄積しているし、徐々に薬量を増加させていることもあって、5回目の投与後はかなりきつかった。白血球の減少はかつて経験したことのないほどに下がり、感染を防ぐためにベッドの上に簡易アイソレーターを設置して、うがい、手洗い、マスク着用などを徹底させるよう強いられた。さらに抗生剤の点滴を早朝から夜中まで続けることで、数日間でこの危機を乗り越えることができた。その間はぐったりとしてほとんど寝たきりだし、あまり記憶にもないほどである。

 その分だけ回復には時間を要したので、最後になる6回目の抗がん剤投与は4日ほど伸ばして、3月の2日に行うことになった。
 これまでと同様に2週間ほど回復を待った後、造影剤を使ったCT検査などで治療効果を判定し、不足のようなら7回目や8回目もある。

 一定の効果が確認でき、かつ全身状態の回復が得られたなら、めでたく退院となり以後は外来診療ということになるのかな(?)
 効果があったとしても、いったいどこまで回復できるのかはよく分からない。
 ほぼ入院前の状態まで戻れるのか(ちょっと難しそうな気がする)、車椅子生活に近い状態なのか、治療効果と俺のやる気にかかっている、のかな(?)

 そのあたりは分からないが、とりあえずあきらめないで治療を続けてよかったと思っている。
 あの時あきらめて緩和治療に切り替えていたら、こんな苦しみには会わなかったかも知れないが、きっと後悔が残っていただろう。

 俺には穏やかな最後よりは、野垂れ死にのほうが似合っている。

2009年2月17日 (火)

お雛さま

Hina_01  入院生活は単調で退屈する。なにか退屈凌ぎにと、ネットでダウンロードしたお雛さんのペーパークラフトを作ってみた。

 案外かわいくできたので、看護師さんにプレゼントしたら、ロビーに飾ってくれた。

2009年2月13日 (金)

CT検査

Ct  今日はCT検査を受けた。治療の中間結果をモニターするもので、これによって治療計画を左右するものではない。

 造影剤を使わないので時間も短く、数回息止めをするだけで済んでしまう。

Ct_00

 腫瘍めっ!覚悟してろよ!

 とことん退治してやるからなっ!





 ついでにMRIの説明パネル。

Mri_00_2

2009年2月12日 (木)

黄砂

Kosa

 今日は妙に生暖かくて、しかも眼下の景色がかすんでいるなと思ったら、大陸から黄砂が飛んできたらしい。

 今シーズンは大陸でも異常な温暖化だそうで雪解けが早く、それでこの時期にもう黄砂がくるとテレビニュースが伝えていた。

 オーストラリアの異常高温や山火事など、地球規模で異常が起こっているようだ。
 なにか対策を打つべきなのだろうが、何をどうしたらいいのかだれも教えてくれない。

2009年2月11日 (水)

ホームページのアクセス数

77777  2000年の5月に棚田保全ボランティアに関するホームページを立ち上げて9年近くなる。アクセス数は多いときは1日50件くらいあったが、今はだいたいその半分である。
 開設以来の累積アクセス数が77,700を越え、77,777に近づくと何かドキドキするものがあった。途中で2~3度カウンターの不具合があって適当に合わせたりしているので、数字にはあまり意味はないのだが、イベントとしてちょっと気になる。

 今日は越えそうだなと思い、時々最新の情報に更新しながらモニターしていると、いよいよ77,776になった。さあ次だと思って更新すると、ナッ、ナッ、なんと77,779ではないかwobbly

 一気に3人がアクセスしてきたのだ。
 かくしてその瞬間はゲットできず、ご覧のように夢のあとが残ったのであった。

  しかし、素人のつたないページによくアクセスして下さって感謝しています。
 平均すると月に750あまりのアクセスがあり、そのうち500くらいは初回のアクセスで、多くはYahoo!JapanやGoogleからの検索結果としてのアクセスである。キーワードの大半は「棚田」かそれに関するものであり、棚田に関する関心の高さを感じるし、棚田に興味をお持ちの方に質のよい情報を提供できるか責任を感じるところである。

 ちなみにそれぞれの検索サイトにおいて、「棚田」をキーワードに検索して「棚田へようこそ」は1ページ目ないしは2ページ目にランクされる。常に1ページ目をキープできるよう努力しなければならない。そのためには頻繁な更新が必要である。

 皆様の応援もよろしくお願いします。

2009年2月 9日 (月)

MRI検査と輸血

 4回の抗がん剤投与を終えた。あと2回である。
 詳しい目的は聞いてないが、ここで中間検査ということだろう、今日胸部のMRI検査を受けた。

Mri2  ここ甲南病院では、最近出力の高いMRI検査機器を導入したそうである。1階のメインロビーにも写真入でそのことが掲示されていたので、よほどのことなんだろうけど素人の私には分からない。
 とにかく造影剤を入れなくても鮮明な画像が得られるようである。

 左は機械の中に私が吸い込まれていく情けない画像である。これから20~30分間ガンガンという大きな音を聞きながら、じっと身動き一つできない状態に耐えなければならない。



Yuketu
 昨年の抗がん剤治療以来ずっと貧血が続いていて、なかなか回復しなかった。今回も抗がん剤を投与することにより、さらに貧血状態は徐々にではあるが進んだ。
 ものすごくだるかったり、寝てばかりいるのは、白血球のこともあるが赤血球の減少が原因の1つである可能性が高い。
 また、足のふらつきの原因の1つとも考えられる。

 ドクターも慎重に検討してくれたようだが、ここは輸血をすることにした。
 輸血によるリスクはゼロではないが、その内容と起こりうる頻度を示した上で同意を求められたので署名した。念のため後から追跡調査できるようサンプルの2年間保存などの対策も講じられている。

 写真の左の袋が輸血用血液で、400cc中の赤血球成分である。約1時間で輸血する。

右の黄色い袋がかぶせてあるのは輸液用の点滴袋で、アミノ酸や糖質を含んだ液を8時間から10時間をかけて血管内に入れる。これは食事が充分に摂れない間は、毎日続けている。

 なかなか大変な作業である。

その他、ここ数日目がショボショボして目やにも多いので、眼科の診察も受けるなど、イベントの多い一日であった。

2009年2月 8日 (日)

ついにカノープスを発見

P1010062  昨日書いたばかりのカノープスだが、今夜はよく晴れていたのでチャンスとばかり、8時になると部屋の明かりを消して真っ暗にし、じっと南の空を見つめた。

 シリウスはキラキラと輝き、すぐに見つかった。その西北にはオリオン座の1等星リゲルも確認できる。
 大犬座の2等星以下の星もいくつか確認できて、そのあたりをしばらく双眼鏡で眺めていると、ついにそれらしき輝点を発見した。

 雲か霧が発生していて時々見えたり見えなかったするが、どうやら本物らしい。残念ながら肉眼では確認できず、また使っている双眼鏡はスポーツ観戦用なのであまり明るくはない。
 でも間違いなさそうである。

 ついにやった!!!

 今度は画像に残して証拠にしなければならない。
 だが困難はますます増し、もはや絶望的である。
 バカチョンデジカメしかないのである。
 それでも可能な限りの設定をして、手持ちながら奇跡を信じて何度もシャッターを押した。その中の1枚がこれである。ノイズ除去なども行わず、あえて無修正で載せた。この中からカノープスが写っているかどうか探していかなければならない。
 詳しい星座図すらないので難しいが、暇つぶしにはもってこいの作業かもしれない。

梅の花

Hospital  昨年末緊急入院して約8週間が過ぎた。
 この間病院から一歩も外に出たことがなかった。今日は日曜日でロビー周りにも誰もいず、少し歩いて見ることにした。

 何度も書いているようにここ甲南病院は六甲山の中腹にあり、眼下には東灘区や灘区が一望できる。またその向こうには神戸港や港内の人口島や、神戸空港も眺めることができる。

 病院の設立についてはまた書く機会があろうかと思うが、その外観はちょっとノスタルジックであり、華やかな神戸開港の香りがする。当時はすごくモダンな建物であったにちがいないし、私が神戸に移住してきた20年ほど前に訪ねた時、院内が赤い絨毯で敷き詰められていたのが印象的で今でも思い出す。(さすがに今はリフォームされている)

Ume  外に出てみた理由は実は他にある。

 数日前に看護師さんから、庭の梅の木に花が咲いているという話を聞いたからである。
 梅ノ木は玄関から少し坂を下ったところにあった。白梅である。冷たい風が強く吹いていたので残念ながら香りは楽しめなかったが、もう春なんだなと感じさせてくれた。

 玄関から梅の木まで数mだが、かなりな傾斜があった。それでも普通ならトントンといける行程なのに、今の自分には30度の斜面を滑る前のスキーヤーのような緊張感があり、足がなかなか前に進まなかった。自分を支える自信がないほどふらつくのである。

 治療によりどこまで回復できるか分からない。でも今までできたことがかなりできなくなってしまうかもしれない。外を歩くことも難しいかも知れない。

 でもまあいいか。幸い手のほうは指先の痺れくらいで力は入るので、車椅子なら使えるだろうし、こうしてパソコンも使える。
 今はとにかく抗がん剤治療を克服することだ。

2009年2月 7日 (土)

カノープスを探せ

 近頃の夜の楽しみがカノープス探査である。
 カノープスは大犬座のシリウスに次いで、全天で2番目に明るい星であるが、あまりにも南にあるために滅多に目にすることが出来ない。そのためカノープスを見たら幸せになれるという言い伝えがある程である。

 今の時期はそのカノープスを見る少ないチャンスである。
 1月後半から2月の前半にかけて、カノープスは夜空が暗くなるとともに東の空から昇り、8時から9時頃に南中してもっとも高くなる。しかしあまりに南に遠いため、最も高く昇っても双眼鏡の視野で1個半くらいで、大概そのあたりには雲や霧があって星を隠してしまう。

 幸いこの時期は気温が低く、夜は水蒸気が少なくて晴れていることが多い。雲さえなければカノープスはマイナス0.7等星なので肉眼でも充分明るく見ることができるが、双眼鏡があると探しやすい。

 20年前に神戸の海上都市に引っ越したとき、当時はまだ南に建物がなく、この時期になるとリビングのテーブルからカノープスを肉眼で見ることができた。本格的な天体望遠鏡を車に積み、夜毎星を眺めに出かけるホシミストであった私は、しばし至福のときを過ごしていたものである。
 今はマンション群に遮られて、高い空しか見ることができない。

 カノープスを見ると縁起がよく、寿命が延びるといわれている。今入院している病棟は南向きの山の中腹にあり、南方は何も遮るもののない絶好のロケーションである。何とかあやかりたいと、8時頃になると部屋の電気を消して暗くし、窓を開けて空を眺めているのだが、まだその幸運に出会っていない。

2009年2月 3日 (火)

節分

Oni  今日は季節を分ける節分であり、明日は立春で早や春だそうである。

 ひと月以上病棟から一歩も出ずにすごすと、暑いのだか寒いのだか分からなくなる。世の中の動きは、テレビやネットで一応分かるのだが・・・・

 夕食に節分の福豆とカードが付いていた。辛い闘病を続ける患者には、嬉しいプレゼントである。

2009年1月28日 (水)

治療6週間

 入院後6週間が経過し、今まさに4回目の抗がん剤投与を行っている。
 今までと同じ抗がん剤4剤+感受性を高める薬1剤+副作用予防剤の組み合わせで、今日は約7時間の点滴である。

 さっきも詳しくこれまでの経過並びに今回の治療の目的について説明があった。イベントごとに説明は繰り返されるので、よく分かる。詳細は省くが、一応計画通り治療は進んでおり、予定通りの経過が得られているので、このまま進めれば少なくともガンの進行を一時的にせよ止められることが期待できる。

 食べたいものが食べられない悔しさはあるが、毎日が楽しく暮らせればそれでいいじゃない。
 きっといいこともあるさ。